こんいろのブログ

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

元禄の楓 最終話 完結

嫁入り

 

北町同心の広瀬阿弥海と楓、玲奈の三人が広瀬のなじみの
蕎麦屋の二階に上がった。

注文した蕎麦がきて食べていると、玲奈は食べながら
うとうとしている。楓が、
「玲奈、眠いのかい」
「うん。地震で起こされて寝て無いし、今頃になって
すごく眠くて」

楓が休みなさいと言って横になった玲奈に羽織っていた
打ちかけを掛けてやると、玲奈はじきに寝てしまう。

そんな玲奈を楓と広瀬は見ていたが、
楓は広瀬に向き直ると、
「長屋は傾いて、勤めていたお店は焼けてしまって
玲奈は行く所が無くなってしまったの」

広瀬は食べ終わり箸を置くと、
「うん。とにかく住む所を見つけてやらないと」

楓は、
「私の今住んで居る所は、すでに引き払ってしまったの」

「と、言うことは?」

「私は、明日にも江戸を出て行く事になったの」
広瀬は楓を見詰めていたが、
「・・・加賀へ行くのかい?」

楓は顔を上げると、うなずいた。
「はい」

楓は理由を言わなかったし、
広瀬も聞くつもりは無かった。
広瀬が、
「それで、もう江戸には戻れないと?」

楓は黙ってうなずいた。

それから二人は、寝息を立てている玲奈を眺めていた。
楓は広瀬を見て、

「それで、広瀬様にお願いというのは、
是非とも玲奈を引き取って頂きたいのです」

「・・・引き取るとは?」

「玲奈はまだ若いとはいえ、もう十分に成熟した
女です。そんな玲奈を広瀬様の所へ住まわせる事は
世間的に見れば、問題があるかもしれません」

「いや、それはかまわないよ」

「はい。それで広瀬様が玲奈と一緒に住むようになっても
誰にも文句の無い方法がひとつだけあります」

「その方法とは?」

「玲奈を嫁に迎える事です」

広瀬は目をむいて楓を見て、
「なるほど・・・でも」

寝ている玲奈が寝返りを打った。

楓はその玲奈の手にそっと触れると、
「広瀬様はわたくしと玲奈とでは、どちらを嫁に
迎えたいとお思いですか」

広瀬は頭に手をやって、
「そんな難問にはとても答えられないが」

「広瀬様がわたくしへの好意を持っておられる事は
感じております」

「それは・・・」

「それに、玲奈の事も憎からず思っている事も」

そう言って楓は寝ている玲奈の顔を見詰めた。
広瀬も同様に玲奈を見た。

広瀬はしばらく考えていたが、口を開くと、

「楓さんの事は尊敬している。人として女性として。
玲奈には、いつも癒されている。愛嬌とあの笑顔に」

楓はうなずいた。

「例えるならば、楓さんは大輪の菊の花だと思う。
いつまでも眺めていたい。しかし手に触れるのは、
恐れ多くて手は出せない。

玲奈は、野に咲く可憐な野菊のような気がする。
自分は、手元に置くならば野菊を選ぶと思う」

その時寝ているはずの玲奈が、ピクッと顔を動かした。

楓と広瀬は同時に玲奈を見た。

楓は笑顔で広瀬を見ると、
「お答が出ましたね」

広瀬は首を振ると、
「いや、肝心の玲奈の気持ちを訊かない事には」

楓は、玲奈の頬に手を当てると、
「玲奈。聞いたでしょう。とっくに目を覚ましているくせに」

玲奈は半身を起こすと顔を紅くして楓を、広瀬を、見た。

楓が、
「玲奈が広瀬様の事を陰ながら慕っている事は
見ているとわかっていましたよ」

起き上がり正座した玲奈に、
広瀬は居住まいを正し正座になって玲奈に向かい、

「玲奈。頼むから俺と祝言を上げてくれないかい」
そう言って広瀬は頭を下げた。

玲奈は顔をくしゃくしゃにして手を振ると、
「そんな、うちなんかをそんな風に・・・」

楓が、
「広瀬様はいつも玲奈の事を見てたのよ」

玲奈は涙ぐんで、
「広瀬様は、うちが悪党達の仲間になってスリを
働いてた時も、その現場を何度か見ていて、
うちがいつ獄門送りになっても不思議じゃなかったのに
見逃してくれていたの」

楓はうなずいた。

「その後、楓姉さんに出会ってうちを悪の道から救って
くれた楓姉さんにはいくら感謝しても足らないくらい
恩を感じています。
それからは広瀬様もうちを温かく見守ってくれてすごく
嬉しかったの。でも、広瀬様は楓姉さんの事が好きなのを
見ていたわかったから、うちはあきらめていたの」

楓は怜奈の肩を優しく抱くと、
「ほら広瀬様にお答えしなさい」

玲奈は広瀬の方に向き直ると、
「こんなわたしで良かったら、お願いします」
そう言って深く頭を下げた。

広瀬は顔を輝かして
「玲奈、ありがとう!」

玲奈は楓にうながされて、広瀬に身を寄せる。
広瀬はそんな玲奈を優しく抱いた。

楓は立ち上がると、
「さあ、これで私は何の憂いも無く旅に出れるよ」

玲奈も立ち上がると、楓にがばっと抱きついた。
「楓姉さん!」

楓は玲奈の瞳を覗き込むと、
「玲奈。幸せにおなりよ。広瀬様ならきっと一生玲奈を
大事してくれるよ。
私は明日の早朝には旅立つけど、玲奈は見送りには、
こないでおくれ。だって玲奈の顔を見たらきっと、
泣いてしまうから。玲奈と別れるのは
死ぬほどつらい事だけど、だけど行かなくては
ならないの」

玲奈はたまらず涙を流した。
楓は玲奈を抱きしめると、広瀬に、

「広瀬様。玲奈をお願いします。では行きます」

 

広瀬阿弥海は立ち上がると、

「楓さん!玲奈の事は任せてください。
もう、会えないのですね・・・」

「たぶんね。でも縁があればまた会えるかもしれない。
だから玲奈は笑顔で送り出しておくれ」

楓は出て行った。


その後、加賀に帰った楓は少しの間お城で過ごした後
まもなく、遠国の大名の元へ輿入れして行った。


終わり。