辻斬り
楓と玲奈は道を急いでいた。辺りは暗くなっていた。
「だから早く帰ろうと」
「だって芝居は最後まで見ないと。あっこの辺りで
辻斬りが出るって。もう何人も斬られてるっすよ」
「だから言ったろ！」
すると前方にほっかむりをした不審な侍が現れて、道を塞いだ。
「出たぁーーーーーーーー！」
侍はじりじりと近づいて来る。
楓は下がりながら玲奈に、
「来る時、番所があっただろう、そこへ知らせに行きな」
「えー？！」
「いいから早く走って行きな！」
玲奈が走り出すと、侍は追おうとする、
楓は、間に立ち塞がり
「私が相手をするよ」
「おぬし、出来るな」
侍は太刀をギラリと抜いた。
玲奈は、番所の前に駆け込むと、
息せき切って叫んだ！
「助けてくださいーー！辻斬りです！」
番所の戸がガラリと開くと、
居合わせた北町同心の広瀬が出て来た。
「どうした！」
「あっ広瀬様！楓姉さんが斬られるー！」
「何だと！案内しろ！」
広瀬は玲奈の指差す方へ走り出す。
楓は、迫って来る侍にずるずると下がった。
武器が何も無い状態で、このままでは斬られると
思ったがどうにもならない。
侍が上段から太刀をかざして切り込んで来るのを
楓はぎりぎりで危うくかわしたが、見ると着物の袖を
ざっくりと切られている。
その時、月明かりに侍の差す小刀（脇差）が見えた。
その小刀を奪うしか無い。
斬られるのを覚悟して懐に飛び込んで行くしかない。
侍が太刀を上段に振りかざした瞬間、楓は低く鋭く
侍の懐へ飛び込んで行った。
そして腕を伸ばして侍の小刀を引き抜いた。
広瀬が懸命に走り込んで来て見ると、
楓と侍が激しい鍔ぜり合いで渡り合っている。
広瀬は十手を出すと、大音響で叫んだ。
「御用だーーーーー！！」
侍は広瀬を見ると、ぱっと離れて暗がりへ駆け出した。
広瀬はそれを追うとしたが、腰を落としている楓が
気になり、楓に駆け寄ると、
「楓さん！大丈夫か」
楓は気丈に答えた、
「・・・はい」
玲奈が追い付いて来て、
「楓姉さん！」
楓は、ハアハアと息をつきながら、
「・・・大丈夫」
広瀬は楓が握っている小刀を見て、
「その小刀は？」
楓はパラリと小刀を離すと、
「あいつの小刀を懐に飛び込んで奪ったの。
でないと斬られるしかないから」
「なんて無茶な事を・・・」
怪我が無いか、追いついて来た番所の者が持っている
提灯の明かりで楓の着物を調べると、
楓の小袖が切り裂かれていて、腕から血が流れていた。
広瀬は持っていた血止めの薬を塗る。
玲奈がぽつんと言う、
「姉さん、なんでうちに番所へ走れと言ったの？」
楓は、顔を上げて玲奈を見ていたが、
「玲奈が居ると足手まといになるからだよ」
「ええーーー！？そんなぁー」
広瀬が、口を出す。
「本当は、いくら楓さんでも刀を持った相手に
素手で立ち向かうのは非常に危険で困難だ。
だから、お前だけでも助けたい。と逃がしたんだよ」
それを聞いた、玲奈の瞳から大粒の涙が吹き出し
「楓姉さんーーーー！うちなんか斬られてもいいのに！」
楓にすがりついて、大声で泣き出した。
楓はそんな玲奈の髪を撫でた。
広瀬は小刀を拾うと、
「中々の銘刀の小刀だな。これが証拠になる。
必ずこの小刀の持ち主を探り出してやる」
楓が、
「お願いします。もう何人もあの辻斬りにやられて
命を落とした人がいるそうじゃないですか。
私も危うく斬られそうになったのだから」
広瀬は、楓を見てうなずくと、
「必ず捕まえてやる。それにしても運のいいやつだな」
楓はふっと笑うと、
「そうですね。運良く斬られなくて済みました」
広瀬は首を振ると、
「私の言うのは、あの辻斬りのやつの事だよ」
「はあ？」
「楓さんと真剣で立ち会って、斬られずに逃げられて
運のいい奴だと言ったんですよ」
「はぁ・・・」
玲奈がぱっと顔を上げて、
「そうだよ！あんな奴今度会ったらぶった斬ってよ！」
楓は笑うと、玲奈の頭を撫でると、
「玲奈が広瀬さんを連れて来たおかげで助かったよ。
本当にありがとうね」
「楓姉さん・・・」
そして、広瀬を見上げると、
「広瀬様も本当にありがとうございます。
おかげで斬られずに済みました」
広瀬はあわてて首を振ると、
「いやいや、俺は何もしていませんよ。
さあ帰りましょう。立てますか？」
「はい」
広瀬は楓に肩を貸すと歩き出した。
後ろからついて行きながら、玲奈は首をかしげて、
この広瀬という同心は、何かというと楓姉さんの
居る所に現れるけど、あの番所に居合わせたのは、
広瀬のような定廻り同心ならば、当然の事なのだけど。
事によると広瀬は楓姉さんが好きなのかもしれないと思う。
