葉月
広島公演が終わって、りんごはとしこに言った。
「今日、行ってもいいかな」
「明さんの所ね。連絡はしたの？」
「行かないつもりだったので、まだ連絡してないの。
明さんのお仕事中は連絡はしないつもりだから」
「そう。急に会いたくなった？」
りんごはうなずいた。
「よし、行ってこい。後はまかして。でも行って
明さんがいなかったら？」
「オートロックのカードを預かってるから」
としこはうなずいた。
２人が付き合ってる事を実感する。
りんごは、いつものように新幹線の博多駅から
タクシーで明のマンションの近くに着いた。
料金を払おうとした時向こうから明が歩いて来るのが見えた。
りんごはとっさに運転手に、
「すみません。少し待って貰えますか」
明は女性と一緒だった。
二人は肩を寄せ合って歩いて行く。
女性は明よりはだいぶ若く見えた。
タクシーのりんごには気づかないで通り過ぎて行った。
二人がマンションに入って行ったのを見ていて、
車のドアが開いてるの気がついて、あわてて料金を払う。
りんごはタクシーを降りてなんとかマンションの前まで行く。
明とその若い女性は寄り添ってとても親密そうに見えた。
しばらくマンションの前に佇んでいたが、
いつまでも立ってるわけにはいかないので、近くに
喫茶店があるのを思い出して、キャリーバックを転がしながら
その店に入った。
コーヒーとケーキを頼んだ。
一時間だけ待とうと思った。
コーヒーとケーキには手をつけずに、じっと待ち続けた。
一時間立って、
辺りは暗くなっていた。このまま帰ろうかと思った。
いや、このままの気持ちではとても帰れない。
後もう一時間待つ事にする。
ようやくもう一時間立ったので立ち上がり冷え切った
コーヒーをひと口飲んだ。
砂糖を入れていないコーヒーの苦味が舌を刺した。
りんごは喫茶店を出て、マンションの前まで来た。
見上げて明の部屋の灯りを見た。
今すぐあの部屋まで行く気にはなれなかった。
夜遅くなっていて東京までとても帰れそうに無い。
その時部屋の灯りが消えた。
二人が出て来ると思い、下がって暗い所へ移動する。
少しして明と女性が出口に現れて、一緒に歩き出した。
二人はりんごの近くを通りかかる。
りんごの居る場所は暗くて姿は見えないと思った。
しかし、明は立ち止まった。
そして何事か彼女に声を掛けていたが、彼女はうなずくと
立ち去って行った。
「りんごだね。そんな所でなにしてるの？」
声を掛けて明が近づいて来る。
「今日は広島公演だったね」
「よく知ってるのね」
「りんごのスケジュールはチェックしてるからね。
早く部屋へ戻ろう」
「・・・もう帰る」
「馬鹿な事を言うもんじゃない。こんなに遅くなって
女の子ひとり何処へ帰ろうと言うんだ！」
明はりんごのキャリーバックを手に取ると、
「さあ、部屋に帰ろう」
りんごの肩に手をやってうながしてマンションの中へ入った。
エレベーターの中でりんごは、
「あの人を一人で帰して心配じゃないの」
「葉月の事かい？葉月はしっかりしてるから大丈夫だ」
りんごは、あの女性は葉月さんと言うんだ。と思う。
「今はりんごの事が心配だから。連絡もくれないで
来たりして何かあったの？」
りんごは首を振ると、
「今日の公演は広島だから来ないつもりだったけど、
急に会いたくなって。来てはいけなかった？」
彼は強く首を振ると、
「そんな事は絶対に無い！何時でも会いに来て良いよ。
別に連絡もしなくていい。だからオートロック用の
カードを渡してるのだから」
明は、部屋の前に着くと、
「この部屋は俺とりんごの部屋だよ。入ろう」
二人は部屋の中に入って行った。
続く。
